要求される装置の設置環境は測定するサンプルの種類や分野により異なります。
たとえば、半導体サンプルの測定の場合、天然界に多く存在する Na、Al、Fe、K、Ca、Mgなどの元素を ppt レベルで測定したい場合がありますが、このような場合は特に汚染を防ぐ注意が必要です。実験室の壁、天井の材料、塗装などからの微量の汚染にも注意が必要です。防食性を持たせるために、ドラフトチャンバには Pb のライニングや Pb を多量に含んだ塗料が使用されている場合があります。サンプル量が極少量の場合、汚染を受けた時の影響度が大きくなるので、上記の元素を測定する場合には、クリーンルームが必要です。
一方、環境、生体、植物、地質サンプルの分析にはそのような特別な設置環境は要求されません。しかし、サンプルを前処理する設備では、元素や酸などが揮散している場合があります。これらは汚染の原因となりますので、前処理設備と ICP-MSICP-QQQ を設置する場所とを分離することはクロスコンタミを防ぐために有効です。
人間も大きな汚染源です。微少量や低濃度サンプルを扱う重要な操作の際は、純水で手を洗ったり、清浄な手袋を着用します。
サンプルの保存・計量に用いる容器・メスフラスコの維持管理も非常に重要です。新品からはNa、Al、K、Fe、Zn、Sn、Pb等の不純物が溶出してくることがあるので、使用前によく洗浄します。種々の洗浄方法がありますが、弊社では測定濃度レベルに応じ、複数の容器に分け、それぞれ約 5%硝酸に浸け置きし、使用直前に超純水で十分に洗浄して使用します。
メスフラスコはナルゲン社製のPMP(Polymethylpentene)容器をお勧めします。同社製のPP(Polypropylene)容器も純度的には同等ですが、容器が透明ではなく、使いにくいため PMPの方が適しています。
サンプルを保存する容器にはPE(Polyethylene)製の容器が広く用いられています。
超微量の分析を行う場合には、PTFE製容器が適していますが、疎水性が強いために洗浄するのが困難です。
純水は、標準溶液を作成したり、サンプルを希釈するのに用いられるため、その水質は非常に重要です。大きく分けて 3 種類の純水があります。
蒸留水は、水を加熱蒸発し、それを冷却凝縮することで得られます。この方法は昔から広く一般的に用いられていますが、揮発性の高い元素は蒸発過程で水と一緒に蒸発してしまうために、ICP-MSICP-QQQに用いるには純度は不十分です。Pb、B、Znが典型的な不純物です。
イオン交換水は、不純物金属を吸着捕捉するイオン交換カラムに水を通すことにより得られます。この方法は最近最も広く用いられている技術です。Millipore 社の Milli-Qシステムなどがラボ用の純水装置として知られています。
超純水の純度を示す単位としては一般的に比抵抗が用いられています。18.3 MW・cmが理論的に得られる最大の比抵抗です。しかし非導電性の不純物が含まれている場合には比抵抗では測定できないため、比抵抗は目安と考えるべきです。
純水装置の中で使用されているフィルターから Mg、Al、Ca、Bなどの不純物が検出されることがあります。無機成分を測定するのに不要なフィルター類は可能なかぎり取り外すことをお勧めします。詳細は純水装置メーカーとご相談ください。
超純水の純度は大型の装置になるほど、良好になる傾向があるようです。利用できる超純水装置で一番大きい規模のものを使用します。純水を循環するタイプの装置は高純度の水質が期待できます。
純水装置で作った最終的な超純水は、タンクなどに貯留せず、直接、清浄でよく使い込んだ容器に受けて直ちに使用してください。超純水装置の出口に接続したチューブや貯留タンクは、超純水の純度を低下させる原因となります。
これは蒸留法の一種ですが、水を蒸発させる温度が低いので、揮発性の元素の蒸発を避けることができます。したがって高純度の純水が得られます。加熱には赤外線ランプが一般的に用いられます。わずかな水蒸気圧で蒸発してきた水は凝縮器で冷却され回収されます。市販されているラボ用の装置では、超純水量は約 2 L/day 程度しか精製できません。石英製とPTFE製のシステムがあり、水だけでなく高純度の酸を得るためにも用いられます。
ボロン(B)は解離定数が低く、揮発性も高い元素なので完全に除去するのは非常に困難です。
純水そのものの不純物を測定するには、前処理として 10~100 倍程度の濃縮を行い、濃縮をしなかった純水をブランクとして用いることが一般的に行われている手法です。濃縮には高純度の石英製容器が適しています。
元素によっては超純水中では存在が不安定です。まれに容器の内壁やサンプル導入チューブに吸着することもあります。したがって、少なくとも約 0.1%になるように硝酸を添加することをお勧めします。長期にわたって保存する場合には最低でも硝酸濃度を 1%にすることをお勧めします。
多くのサンプルの前処理には酸やアルカリが用いられています。各メーカーから販売されている試薬の不純物保証値をよく考慮して使用します。特級、精密分析用、有害金属分析用グレードは、保証している不純物元素数が少なかったり、濃度が高いので、測定元素によっては微量分析には向いていません。微量分析には、電子工業用、超高純度用などのグレードをお勧めします。
最終的なサンプルは多くの場合、酸やアルカリを含んでいます。こうしたサンプルをICP-MSICP-QQQで精度よく測定するには、以下の点に考慮してください。
酸により生成する主な分子イオンを示します。
m/z |
妨害を受ける元素 |
HNO3 |
HCl |
H2SO4 |
---|---|---|---|---|
20 |
Ne(90.5%) |
OH2 |
|
|
21 22 23 24 25 |
Ne(0.27%) Ne(9.2%) Na(100%) Mg(79.0%) Mg(10.0%) |
OH3 |
|
|
26 27 28 29 30 |
Mg(11.0%) Al(100%) Si(92.2%) Si(4.7%) Si(3.1%) |
CO, N2 N2H, COH NO |
|
|
31 32 33 34 35 |
P(100%) S(95.0%) S(0.75%) S(4.2%) Cl(75.8%) |
NOH O2 O2H O2 O2H |
Cl |
S SH, S S, SH SH |
36 37 38 39 40 |
S(0.02%), Ar(0.34%) Cl(24.2%) Ar(0.06%) K(93.2%) Ar(99.6%), K(0.01%), Ca(96.9%) |
Ar ArH Ar ArH Ar |
ClH Cl ClH
|
S SH
|
41 42 43 44 45 |
K(6.7%) Ca(0.65%) Ca(0.14%) Ca(2.1%) Sc(100%) |
ArH ArH2
CO2 CO2H |
|
|
46 47 48 49 50 |
Ti(8.2%) Ti(7.4%) Ca(0.19%), Ti(73.7%) Ti(5.4%) Ti(5.2%), V(0.25%), Cr(4.4%) |
NO2
ArN |
ClN
|
SN SN SO, SN SO SO |
51 52 53 54 55 |
V(99.8%) Cr(83.8%) Cr(9.5%) Cr(2.4%), Fe(5.8%) Mn(100%) |
ArC, ArO
ArN ArNH |
ClO, ClN ClOH ClO ClOH
|
SO
|
56 57 58 59 60 |
Fe(91.8%) Fe(2.2%) Fe(0.29%), Ni(68.3%) Co(100%) Ni(26.1%) |
ArO ArOH
|
|
|
61 62 63 64 65 |
Ni(1.1%) Ni(3.6%) Cu(69.2%) Ni(0.91%), Zn(48.6)% Cu(30.8%) |
|
|
SO2, S2 SO2, S2 |
66 67 68 69 70 |
Zn(27.9%) Zn(4.1%) Zn(18.8%) Ga(60.1%) Zn(0.62%), Ge(20.5%) |
ArN2
ArNO |
ClO2
ClO2
|
SO2, S2
SO2, S2
|
71 72 73 74 75 |
Ga (39.9%) Ge (27.4%) Ge (7.8%) Ge (36.5%), Se (0.87%) As (100%) |
Ar2
Ar2
|
ArCl
ArCl
ArCl |
ArS ArS ArS
|
76 77 78 79 80 |
Ge (7.8%), Se (9.0%) Se (7.6%) Se (23.5%), Kr (0.36%) Br (50.7%) Se (49.8%), Kr (2.3%) |
Ar2 Ar2H Ar2 Ar2H Ar2 |
ArCl
|
ArS
SO3 |
81 |
Br (49.3%) |
Ar2H |
|
SO3H |
参考文献:河口広司、中原武利 編:プラズマイオン源質量分析(学会出版センター,1994)p.51 |
以下の記述にある酸・アルカリ濃度の上限値は、信号が安定して測定できる目安です。ただし、長期間連続して高濃度の酸・アルカリを導入すると、装置内が腐食する恐れがあるのでご注意ください。
硝酸は ICP-MSICP-QQQによる分析に最も適している試薬です。硝酸は強い酸化作用をもっておりサンプルの分解にもよく用いられます。
分子イオンの生成は純水とほとんど変わりませんが、高濃度の硝酸の場合には ArN が 54Fe の測定に影響を及ぼします。
硝酸中の典型的な不純物は Pb、Sn、Znで蒸留過程で共に蒸発し、混入してきます。より高純度の硝酸は非沸騰型蒸留装置で得られます。
40%までの硝酸は測定できます。
塩酸は金属酸化物や金属サンプルを分解するのに他の酸と一緒に広く用いられています。塩酸は還元性の試薬であり有機物の分解には使用されません。白金属の元素は塩酸中で安定ですが As、Sb、Sn、Se、Ge、Hgの塩化物は揮発性が高くサンプルの分解中に失われることがあります。
典型的な不純物は As、Sb、Snで蒸留過程で共に蒸発し、混入してきます。硝酸と同様に、非沸騰型蒸留装置でさらに高純度の塩酸が得られます。
典型的な分子イオンは ClO と ArCl で V、Cr、As、Se の測定に影響を及ぼします。
分子イオンの影響を避けるために、可能であれば塩酸をサンプル分解に使用することは避けてください。また、分解に使用した場合、あるいは塩酸自体を測定する場合には、前処理として塩酸を蒸発させることをお勧めします。
18%までの塩酸(市販品約 2 倍希釈)は測定できます。
フッ酸は石英を溶かし Ni のインターフェースを腐蝕させます。したがって、フッ酸の測定には必ず耐フッ酸導入キットを用いてください。耐フッ酸導入キットはクロスフローネブライザ、ポリプロピレンスプレーチェンバ、Ptトーチインジェクタを含んでいます。さらにPtインターフェースが必要です。
フッ酸による干渉はほとんどなく、まれに ArF が Co に影響を及ぼすことがある程度です。
B、Si、As、Sb のフッ化物は揮発性が高く分解中に飛んで失われることがあります。一方、Ca とKのフッ化塩はフッ酸溶液にわずかしか溶解しません。
30%までのフッ酸は測定できます。
フッ酸の解離定数は小さいため、溶存元素が不安定になる場合があります。
過酸化水素は強力な酸化剤であり過塩素酸の代わりにその他の酸と混合して用いられます。
過酸化水素は測定スペクトルが水と似ており、特別な分子イオンの干渉がないため、ICP-MSICP-QQQには最適の試薬です。
30%程度の過酸化水素(市販品)はそのまま測定できます。
60%過酸化水素は衝撃で爆発する可能性があるので超音波ネブライザを使用しないでください。
過酸化水素の解離定数は低いため、少なくとも 0.1%となるように硝酸を添加します。
硫酸は酸化剤として有機物や地質物質の分解に用いられます。しかし、沸点が高いため(338℃)プラズマ中で分解されにくく、未分解の硫酸は信号を不安定にします。また、インターフェースの表面に付着して Niのインターフェースを腐蝕するのでPtインターフェースを用います。
硫酸は SO、SO2、S2 が Ti と Zn の主同位体に、また、Vと Cr のマイナーな同位体に干渉します。
蒸留によって純度をよくすることができないため硫酸の品質は他の酸に比べて一般的によくありません。
Ba、Ca、Pb、Sr の硫化物は溶解度が低く、また、Ag、As、Ge、Hg、Re、Seの硫化物は揮発性が高く分解中に失われる可能性があります。硫酸は加熱しても塩酸やフッ酸のように飛んでいかないため、硫酸の使用は極力避けてください。
測定可能な濃度はコンセントリックネブライザ、クロスフローネブライザを用いた場合は 1%で、マイクロフローネブライザでは 5%程度です。
燐酸はサンプルの分解にはあまり使用されませんが、他の酸との組み合わせで緩衝剤としてよく用いられます。
燐酸を測定すると高マス側までHx Py Ozの分子イオンが検出されます。したがって、燐酸の測定は極力避けてください。
燐酸の沸点は非常に高く、プラズマ中で分解されにくいので、コンセントリックネブライザ、クロスフローネブライザを用いた場合には 0.1%が最大測定可能な濃度です。
過塩素酸は最も酸化性の強い試薬で有機物と爆発的に反応するため、過塩素酸だけを単独で使用する前に、硝酸あるいは硝酸と過塩素酸の混酸である程度有機物を分解してから使用します。
過塩素酸をサンプルから取り除くのは塩酸よりも困難です。その結果、Clに起因する分子イオンの影響が出てきます。したがって、過塩素酸の使用は極力避けてください。酸化剤としては代わりに過酸化水素を使用することをお勧めします。
王水は金属や合金の分解に使用されます。特に金、白金やパラジウムの分解に用いられます。しかし、王水はClを含んでいるために塩酸と同様の分子イオンの影響を与えます。測定前に加熱によりClを蒸発させてください。
水酸化ナトリウムを分解に用いることはあまりありません。
アルカリ溶液はガラス製品を溶解するので耐フッ酸導入キットを用います。
高濃度のNaはマトリックスによる減感を生じる可能性があります。また、ArNaが63Cuの測定に影響を及ぼします。
LiBO2 は地質サンプルや金属サンプルなどの分解法として用いられるアルカリ溶融の試薬として一般的に知られています。しかし、高濃度のLiやBによりマトリックス減感が起こるので、この分解法はお勧めできません。
多くの場合、後述されるマイクロウェーブ分解法をアルカリ溶融の代わりに適用できます。
水酸化アンモニウムは有機物の除去のために半導体製造工程で使用されます。
構成している元素はN、H、Oであるため特別な分子イオンを生成することはありません。
蒸気圧が高いため、スプレーチェンバ内に残ったサンプルが蒸発し、プラズマに実際導入されるサンプルの量が増加します。導入効率の悪い通常の導入システム、コンセントリックネブライザ、クロスフローネブライザを用いた場合には 5%程度が最大測定可能な濃度です。
アルカリ性の溶液中では不安定な元素があるので硝酸で中性化してから測定することをお勧めします。
TMAHも半導体の製造工程において水酸化アンモニウムと同様に有機物の洗浄に用いられます。血液などの生体物質の分解にも使用される場合があります。
ArCがCrの分析に干渉を及ぼします。
水酸化アンモニウムと同様蒸気圧が高く、通常の導入システムを用いると 5%程度が最大測定可能な濃度です。