サンプルに高濃度のマトリックス(共存元素)が含まれる場合には、マトリックス効果と呼ばれる減感が起こったり、ネブライザやインターフェースで詰まりが起こる可能性があります。一般的には、ICP-MSICP-QQQに導入できる最高マトリックス濃度は 1,000 ppmです。
以下に個々の分野のサンプルについて説明します。
飲料水は硝酸を添加するだけで直接測定できますが、ppmオーダーのNa、Ca、Mg、K、Clを含有しているために、これらに起因する分子イオンの影響を受け易くなります。しかし、通常はFe以外の元素については問題なく分析できます。
63CuはArNaの干渉を受けるので 65Cuを用います。ArMgが 64Znに干渉を起こす可能性がありますが、66Znあるいは 68Znを使用できます。CaOとKOが 60Ni、55Mnに干渉を及ぼす可能性がありますが通常無視できるレベルです。Clに起因するClOとArClが生成される可能性がありますが、ArClのm/z=75への干渉は無視できるレベルです。干渉が無視できないレベルの場合は干渉補正式で補正できます。詳細は定量分析の方法をご覧ください。
これらのサンプルはサンプリング後に通常 0.45 μmのメンブランフィルターでろ過し、溶解されていない異物を取り除きます。その後サンプル中の元素がサンプル容器内壁に吸着するのを防止するために、pHが 2 以下となるように硝酸を添加します。詳細はサンプルの前処理や分析の例をご覧ください。
海水(塩濃度 3%)のように高塩濃度のサンプルを測定した場合、インターフェースやネブライザの先端で詰まりが生じる場合がありますが、Niインターフェースを用いると、詰まりの問題は非常に少なく、希釈なしの海水も導入できます。しかし、マトリックスによる減感は大きく、マトリックスがない時と比べて感度が 1/3~1/5 位に減少します。また、分子イオンによる干渉が大きいので(ArNa、CaO、CaOH、ArAl、ArMg、ArCl、ClO)海水中のm/z = 80 以下の元素の直接測定は困難です。また、BrHが干渉を及ぼすため、Seの分析にm/z = 82 を用いることができません。分子イオンのない中マス以降の元素、たとえばCdやPbは内標準法を用いて測定が可能です。
マトリックスによる減感は内標準により補正できます。一般的には測定元素と質量数の似通った元素を選択します。イオン化ポテンシャルの高い元素は低い元素と比較してマトリックスによる減感の割合が大きい場合があります。したがって、イオン化ポテンシャルの高い元素の測定にはイオン化ポテンシャルの高い元素を内標準元素として用いた方が、良好な結果が得られる場合があります。
海水中の低マス元素の測定にはマトリックス分離が有効です。陽イオン交換カラムを用いるとマトリックスと遷移金属を分離することができます。
排水中には様々なマトリックスが含まれているので、一概に説明することは困難ですが、マトリックスによる干渉と減感に注意する必要があります。未知サンプルを測定する場合、最初にサンプルを 100 倍程度希釈して半定量分析を行い、サンプルの概略濃度および干渉をチェックしてから定量することをお勧めします。
これらのサンプルを分解するには、フッ酸と硝酸や過塩素酸の混酸が用いられます。オープンベッセルによる分解では数日間を要しますが、マイクロウェーブ分解を用いると短時間で簡単に分解できます。詳細についてはサンプルの前処理や分析の例で説明します。
アルカリ溶融法もこのようなサンプルを分解するのに用いられますが、前述したようにマトリックスが多くなるので、ICP-MSICP-QQQで測定する場合、この方法はできるだけ避けます。しかしSiの分析をする場合にはフッ酸を用いることができないので、この方法が最適です。
基本的に土壌や底質の場合と同様になります。
これらのサンプルは硝酸を用いてマイクロウエーブ分解法で簡単に分解することができます。
硝酸と過塩素酸を用いたオープンベッセルによる分解は、時間がかかるだけでなく、生体サンプルでは重要な元素であるAsやSeが分解中に飛んでしまうことがあるので、できるだけ避けてください。
尿には塩や蛋白質などが多量に含まれているだけでなく粒子状の異物も含まれているので、通常は 0.45 μmのメンブランフィルターでろ過します。次に希硝酸で 10 倍希釈して直接測定します。
血液は粘度が高く、多くのマトリックスを含んでいるため直接測定は困難です。したがって、多くの研究者が分解方法を検討しています。以下にいくつかの例を挙げます。
イオン化ポテンシャルの高いセレンと砒素は、カーボンによって感度が高くなり(増感)、内標との感度差が通常よりも大きくなります。この変化を補正するために、内標準、サンプル、ブランク溶液それぞれに、アルコール(約 1%v/vのブタノールまたはイソプロパノール)を加えます。
金属は酸による溶解後、そのまま測定できます。最終マトリックス濃度は 1,000 ppm以下が目安です。分子イオンやマトリックス減感に注意を払う必要があります。
この分野のサンプルは、多くの場合で測定するのが困難ですが、直接測定できるサンプルもあります。直接導入するとカーボンがインターフェースの先端に析出しますが、ネブライザガス(キャリアガス)に酸素を添加してカーボンを燃焼させることで防止できます。酸素の添加量が多すぎるとインターフェースを傷めることがあるので、カーボンが析出しない程度に酸素量を調整する必要があります。一般的にはネブライザガスの約 5~10%相当の酸素を添加します。酸素を添加する場合は、耐久性のよいPt製のインターフェースを用いることをお勧めします。
蒸気圧が高いサンプルを導入した場合はプラズマが消えてしまうことがあるので、導入量を減らすことのできる内径 1.5 mmのトーチインジェクタを用いることをお勧めします。
蒸気圧が低く粘度の高いサンプルの場合、ネブライザでの霧化効率が悪く、スプレーチェンバ内に残りやすいので、頻繁に洗浄が必要になります。
ペリスタルティックポンプのチューブ、ネブライザに使用しているOリングなどプラスチック部分を溶かすサンプルがあるので注意が必要です。
いくつかの有機溶媒は、本装置で直接分析できます。
以下に代表例を挙げます。
メタノールは蒸気圧が高いので、標準のサンプル導入系(コンセントリックネブライザ、あるいはクロスフローネブライザと内径 2.5 mmトーチインジェクタ)ではプラズマに導入されるサンプル量が多すぎてプラズマを維持することができません。
内径の細いトーチインジェクタを用いれば 100%のメタノールを測定することができます。
ペリスタルティックポンプ用のチューブとしては、標準のタイゴンチューブを使用できますが、メタノールについてはシリコンチューブの方が耐久性があります。最良の方法は、メタノールを蒸発させ、残さを希硝酸溶液に溶解してから通常の導入系で測定することです。
アセトンも高い蒸気圧を持っており、メタノールと同様の注意が必要です。しかしタイゴンチューブ、シリコンチューブ共に使用することができないので、負圧吸引を用います。
最良の方法は、蒸発させ、残さを希硝酸溶液に溶解してから通常の導入系で測定することです。
キシレンは溶媒抽出によく用いられます。タイゴンチューブ、シリコンチューブ共に使用することができないので、負圧吸引を用います。
原油は粘度が高く、沸点も高いので直接導入が難しいサンプルの一つです。したがって、前処理をしてから測定しなければなりません。前処理としては次の二つの方法があります。
フォトレジストは原油と同様に分析が難しいサンプルの 1 つです。光(紫外線)で硬化するためにトーチ内で詰まる可能性があります。
通常、NMPなどの溶剤で希釈して測定します。