環境サンプルや半導体サンプルの分析は ICP-MSICP-QQQ の重要なアプリケーションの 1 つです。ここでは環境、半導体サンプルを測定する上での注意点について説明します。
環境サンプルはマトリックス濃度が高いため、一般的に前処理が必要です。また、チューニングや測定質量数に注意が必要です。
「分析性能用語」で説明したように種々の環境サンプル前処理法があります。ここでは例としてEPA (the US Environmental Protection Agency) Methodと上水試験法の方法について説明します。
溶存性元素の測定の場合には、サンプル採取後直ちに 0.45 mm孔のメンブランフィルターを用いてろ過します。最初、炉液瓶を共洗いした後、必要量のサンプルをろ過します。続いて (1 + 1) 硝酸を加えてpH < 2 となるように調製します。
総量を測定する場合は、サンプルはろ過せず、(1 + 1) 硝酸を加えてpH < 2(通常 硝酸 3 mL/サンプル 1Lで十分)となるように調製します。
更に測定前に、適量の (1 + 1) 硝酸を加え、最終濃度が 1%硝酸(e.g., 20 mLサンプルに 0.4 mL の (1 + 1) 硝酸を加える)となるようにします。
溶存性元素を測定する場合は、サンプル採取後直ちに 1 μm孔のフィルターでろ過し、サンプル 1 Lにつき硝酸 10 mLを加えます。
総量を測定する場合は、サンプルはろ過せず、サンプル 1 Lにつき硝酸 10 mLを加えます。
サンプルは 1ヶ月以内に測定します。
分析直前に、沸騰しない程度に加熱濃縮します。液量が 1/10 以下になったら加熱をやめ、冷後、最初の 1/10 量となるように精製水を加えます。
(この目的は粒子からの測定元素の溶出、有機物の分解、濃縮を目的としています。Crに及ぼすArCの影響を低減するためにこの工程をお勧めします。)
土壌中の総量を測定する場合は、均一になるように十分サンプルを混合し、1.0 ± 0.01 gのサンプルをはかりとって 250 mLビーカーに移します。
(1 + 1) 硝酸 4 mLと (1 + 4) 塩酸 10 mLを加え、時計皿で覆って 30 分間ホットプレート上で加熱します。かすかに沸騰する程度ならかまいませんが、塩酸-硝酸の強沸混合物のロスがないように、激しい沸騰は避けます(NOTE: 50 mLの水が入ったビーカーをカバーをしないでホットプレートの中心に置き、85 ℃あるいはやや低くなるようにホットプレートのコントロールをするのが目安)。サンプルを冷やし、100 mLのメスフラスコに移して、イオン交換水でメスアップします。遠心分離するか、一晩放置して残留物と分離します。分析前に 10 mLのサンプルを 50 mLのメスフラスコに移し、メスアップします。
サンプルが均一となるように混合してから 1.0~2.0 gはかりとり、ビーカーに移します。(1 + 1) 硝酸 2 mLを加えてスラリー状にし、時計皿でカバーして 95 ℃でサンプルが 5 mL以下にならないように注意しながら 10~15 分間加熱します。サンプルを冷やし、5 mLの濃硝酸を加え、30 分間加熱します。茶色の煙が出なくなるまで 5 mLの濃硝酸添加を繰り返します。その後 95 ℃で 5 mLになるまで濃縮します。サンプルを冷やし、イオン交換水 2 mLと 30%の過酸化水素を 3 mL加えます。過酸化反応を行わせるためにホットプレート上にビーカーを戻しますが、過剰な反応のためにロスしないように気をつけてください。30%過酸化水素をさらに 1 mLずつ加え、サンプルの反応が治まるまで温めます(注: 30% 過酸化水素 10 mL以上は加えないでください )。その後 95℃で 5 mLになるまで濃縮します。サンプルを冷やし、イオン交換水で 100 mLとなるように希釈します。残存物はろ過、遠心分離などして除きます。
この方法は水溶液、浮遊物を含む排水などのサンプル前処理法として用いられます。この方法の一部はICP-AES、DCP-AES、FLAAで測定するサンプルの前処理法として認可されており、ICP-MSICP-QQQ用として現在、評価されています。この方法では分解試薬として硝酸を用いています。
この方法は現在検討されており、廃棄物や土壌、オイルの測定に用いられます。この方法では分解試薬として硝酸を用いています。サンプルは分解後、ろ過されます。
半導体サンプルは一般的に極微量濃度の測定が主体となるため、雰囲気や器具などからのコンタミネーションに注意を払うことが大切です。
半導体を製造する工程において汚染が起こると製品の性能は劣化します。アルカリ金属、アルカリ土類金属による汚染は破壊電圧を低下し、遷移金属による汚染はキャリアのライフタイムを短くして暗電流を増加させます。ドーピング元素はデバイスの動作点をずらし、パーティクルは回路をショートさせます。したがって、これらの汚染を管理する必要があります。しかし、これらの汚染源は大気中至るところに存在するために、ICP-MSICP-QQQで測定するサンプルはこれらの汚染を受けないように特別な注意が必要です。最良の方法はクリーンルームを用いることです。
本装置はクリーンルームで使用できるようにデザインされています。フォアラインポンプはクリーンルームの外側に設置し、装置本体だけクリーンルームの内側に設置することが可能です。装置本体の冷却用の空気は外から内に流れて、すべての空気は上部のダクトから排出され、パーティクルの発塵を最小限に押さえています。
クリーンルームの清浄度はクラスで表わされます。クラス 1,000 は 0.5 μmのパーティクルが 1 ft3 当たり 1,000 個以下であることを意味します(米国連邦規格による)。一般大気中はクラス 100 万位です。クラス 10~1 の清浄度を得るためには床はグレーティングでダウンフローにすることが必要です。
汚染を極力避けるために、導入系の選択および洗浄には特別の注意が必要です。
半導体サンプル測定に使用する導入系、インターフェースは環境サンプル等の汚いサンプル測定に用いるものとは別に、専用に用意します。
ペリスタルティックポンプチューブは極微量の汚染の原因になることがあるので、超微量分析をする場合には負圧吸引が適しています。負圧吸引をするには、ネブライザとしてコンセントリックネブライザ、クロスフローネブライザ、マイクロフローネグライザのいずれかを用います。
本装置には 2 種類のインターフェース(Ni、Pt)があり、いずれも半導体サンプルの分析に使用できます。
Niのインターフェースを用いた場合、Niのバックグランドは 50 ppt程度検出されます。
一般的にPtのインターフェースは多くの酸に耐性があり、酸の測定には適していますが、中に含まれているNi不純物が若干高い場合があります。
メモリーとしてはインターフェースに残る酸化物が最も一般的で、耐火性元素でよく起こります。Ca、Al、Si、U、Thや希土類元素の酸化物は典型的な例です。このメモリーは約 2%硝酸に 10 分間浸けて取り除くことができます。しかし、サンドペーパーやアルミナ縣濁液を綿棒に付けて擦って取り除くことが必要な場合もあります。
長期間、空気中に保管しておくと汚染する可能性があるので、使用前に超純水でよく洗浄します。また、洗浄する際には手からの汚染を防止するために手袋を着用します。
サンプル導入系・インターフェースの洗浄は、「ICP-MSICP-QQQハードウェアマニュアル」の第 4 章「保守作業」をご覧ください。
この章は、液体臨床サンプルの前処理と 本装置による分析作業についてまとめた、クイックスタートガイドです。サンプルを溶解する際の手順や、臨床利用における微量元素分析の一般的な留意事項について記載しています。なお、このガイドは学術的に確立した分析手法を提供するものではありません。参考文献としての引用、もしくは臨床サンプルの前処理評価用資料としてのご利用は、お控えください。
試薬の選定は、正しいサンプリング手順と同等かそれ以上に重要であり、試薬はすべて高品質であることが必須です。臨床マトリックスの多くは塩基性溶液中で前処理できるため、そうした試薬を中心に説明します。参考としてCASナンバーを記します。試薬の入手については、お近くの試薬業者にお問い合わせください。
使用理由:
主要な溶媒であり、希釈剤です。高純度品が必須です。最も重要な試薬です。Milli-QやELGAなどの超純水装置(> 18 MW)を使用します。
使用理由:
細胞を可溶化し、タンパク質の沈殿を止める塩基性の基本的な試薬です。高純度または超高純度の溶液を用います。
使用理由:
一般的な各種の臨床マトリックスに対して「カーボンバッファー」の働きをします。イオン化ポテンシャルの高い元素(As、Se)に対する感度を向上させます。高純度または超高純度の溶液を使用します。
使用理由:
塩基性溶液中の金属を信号安定待ちする錯化剤です。高純度が望ましく、Na塩ではなく、酸として注文してください。
使用理由:
サンプル導入時の湿潤性を改善し、スプレーチャンバおよびトーチインジェクタ内の沈殿や閉塞を低減します。高純度の溶液を用います。
使用理由:
臨床マトリックス専用。リン酸値が高く尿サンプルに沈殿が生じる場合にのみ有効です。超高純度の溶液を用います。酸性溶媒を使用するときは、サンプル導入系の化学的安定性を保つために、すべての標準溶液およびリンス溶液は酸性であることが必要です。一般に、1% の酸濃度で十分です。
希釈溶液の調製作業は、洗浄済みの低密度ポリエチレン製またはポリプロピレン製のボトル(PFAまたはFEPも使用可)内で、試薬を混合します。希釈溶液の組成は下表のとおりです。表内の重量は、溶液の最終体積が 1 リットルの場合の値です。
試薬 |
溶液における割合(%)(w/v) |
重量(1リットルにつき) |
1-ブタノール |
2% |
20g |
EDTA |
0.05% |
0.5g |
Triton X-100 |
0.05% |
0.5g |
NH4OH |
1% |
10g |
純水 |
必要な体積にメスアップします |
溶液は使用前によく混合してください。
サンプルの前処理は希釈溶液で希釈するだけです。血液、血清、血漿についてはサンプルを 10 倍に希釈すれば十分です。尿の場合は、長時間のバッチ処理が行えるよう、最低でも 20 倍に希釈して塩濃度を下げることが必要です。
Agilentオートサンプラ「I-AS」(89 個用ラック [6 mlバイアル] を搭載)を使用する場合を、例として説明します。
0.5 mlのサンプル(血漿、血清、血液)または 0.25 mlの尿をプラスチック製の使い捨てピペットチップを使って採取し、I-ASのバイアルに入れます。つぎに、4.5 ml(血漿、血清、血液の場合)または 4.75 ml(尿の場合)の希釈溶液を、5 mlのメスピペットで計り取ります。希釈溶液をサンプルの上からピペットで注げば十分に混合されますが、必要であれば超音波を用いてさらに混合します。
サンプル量に制限がある場合には、使用するサンプルの量を調節できます。装置に低流量のネブライザが備わっていれば、少ないサンプル量で全元素を定量できます。
装置は、希釈溶液を使って調整した標準溶液によって校正する必要があります。また、サンプル導入系の化学的安定性を保つため、洗浄もすべて希釈溶液を用いて行います。