サンプルがClのようなマトリックスを多量に含む場合、それらのマトリックスに起因する分子イオンが測定元素に干渉を及ぼすことがあります。ある程度の分子イオンは計算式を用いて補正することができます。また、同位体をすべて足し合わせて測定をしたいという場合も、補正式を用いることができます。そのための補正式を、干渉補正式といいます。以下に例を用いて説明します。
例)
Asを測定したい場合、溶液中のClとArが結び付いたArClという分子イオンがAsの質量数であるm/z = 75 に出現し、Asの濃度が高めに定量されることがあります。
この場合、ArClがm/z = 75, 77に 75.8 : 24.2 の比(Clの同位体比)で出現することを利用して、m/z = 77 のArClのカウント数からm/z = 75 のArClのカウント数を見積もり、その分を差し引いてAsのカウント数とします。ただし、m/z = 77 にはSeの同位体があるため、もしサンプル中にSeが含まれているとm/z = 77 のカウントがその分大きくなってしまいます。しかしSeにはm/z = 82 の同位体が存在するので、更にm/z = 82 も測定してm/z = 77 のSeのカウント数を見積もります。したがって、図示すると次のようになります。
As、Se、ArCl の同位体パターン
計算上は、各質量数のカウント数に同位体比から考えた一定の係数をかけ、合計してAsのカウント数とします。上記の例では以下のようになります。
(75C、77C、82Cはそれぞれm/z = 75,77,82のカウント数)
したがって、干渉補正式を用いてAsを定量する際には、m/z = 75 だけでなくm/z = 77, 82 も同時に測定することが必要です。
また、干渉補正式は、Pbのようにサンプルによって同位体比が異なる元素について、Pbのすべての同位体を足し合わせて測定するという場合にも使用できます。
1,000×75C-3.132× (77C-0.874×82C)
As、Cdの干渉補正式は理論的には次のように考えることができます。
もしm/z = 75 にArClの干渉がある場合、以下の式で補正することができます。
As(75) |
= M(75) - 75.8/24.2 * ArCl(77) = M(75) - 3.132 * ArCl(77) --- (1) |
しかし、m/z = 77 にはSeの同位体もあります。m/z = 77 のArClは次式で補正できます。
ArCl(77) |
= M(77) - 7.6/8.7 * Se(82) = M(77) - 0.874 * Se(82) --- (2) |
(2) 式を (1) 式に代入すると
As(75) |
= M(75) - 3.132 * (M(77) - 0.874 * Se(82)) = M(75) - 3.132 * M(77) + 2.736 * Se(82) -- (3) ArCl、Se 考慮 |
m/z = 82 にはKrが重なる場合があります。この場合、m/z = 82 は次式で補正できます。
Se(82) |
= M(82) - 11.6/11.5 * Kr(83) = M(82) - 1.009 * Kr(83) --- (4) |
(4) 式を (3) 式に代入すると
As(75) |
= M(75) - 3.132 * M(77) + 2.736 * (M(82) - 1.009 * Kr(83)) = M(75) - 3.132 * M(77) + 2.736 * M(82) - 2.760 * Kr(83)--- (5) ArCl、Se、Kr 考慮 |
m/z = 77 にはArArHが干渉する場合があります。この場合は以下のように考えます。
前もって、m/z = 77, 80 を測定し、その比 (77/80) を計算します。得られた比を (4) 式と共に (3) 式のm/z = 77 の補正に加えます。
As(75) |
= M(75) - 3.132 * (M(77) - 0.874 * M(82) + 1.009 * Kr(83)- ratio of 77/80 * M(80)) = M(75) - 3.132 * M(77) + 2.736 * M(82) - 2.760 * Kr(83) + 3.132 * ratio of 77/80 * M(80) --- (6) ArCl、Se、Kr、ArArH 考慮 |
Cdを測定する場合、主にMoOとSnの干渉が考えられます。EPA Method 6020 (CLP-M Ver.9) ではm/z = 114、EPA Method 200.8 ではm/z = 111 が測定質量数として推奨されています。
m/z = 114 を測定に用いた場合 (EPA Method 6020)、MoOとSnの干渉をm/z = 108, 118 を用いて補正します。
Cd(114) |
= M(114) - 24.1/14.8 * MoO(108) - 0.65/24.2 * Sn(118) = M(114) - 1.628 * MoO(108) - 0.0269 * Sn(118) --- (7) |
m/z = 108 にはCdも同位体を持つため、補正が必要です。
MoO(108) |
= M(108) - 0.89/1.3 * Cd(106) = M(108) - 0.685 * Cd(106) --- (8) |
(8) 式を (7) 式に代入すると
Cd(114) |
= M(114) - 1.628 * (M(108) - 0.685 * Cd(106)) - 0.0269 *Sn(118) = M(114) - 1.628 * M(108) + 1.115 * Cd(106) - 0.0269 *Sn(118) --- (9) MoO、Sn 考慮 |
Pdが含有される場合、m/z=106, 108 に影響を及ぼすのでm/z = 106 のCdおよびm/z = 108 のMoは以下のように補正します。
Cd(106) |
= M(106) - 27.3/22.3 * Pd(105) = M(106) - 1.224 * Pd(105) --- (10) |
MoO(108) |
= M(108) -0.89/1.3 * Cd(106) - 26.5/22.3 * Pd(105) = M(108) -0.685 * (M(106) - 1.224 * Pd(105)) - 1.188 * Pd(105) = M(108) - 0.685 * M(106) - 0.349 * Pd(105) --- (11) |
(11) 式を (7) 式に代入すると
Cd(114) = M(114) - 1.628 * (M(108) - 0.685 * M(106) - 0.349 * Pd(105))- 0.0269 * Sn (118) |
|
|
= M(114) - 1.628 * M(108) + 1.115 * M(106) + 0.568 *Pd(105) - 0.0269 * Sn (118) |
--- (12) MoO、Cd、Pd 考慮 |
m/z = 111 を測定に用いる場合 (EPA Method 200.8)、m/z = 108 を用いてMoOの干渉を補正しますが、(8) 式で表したようにm/z = 108 へのCdの影響も考慮します。
Cd(111) |
= M(111) - 15.9/14.8 * MoO(108) = M(111) - 1.074 * (M(108) - 0.685 * Cd(106)) = M(111) - 1.074 * M(108) + 0.735 * Cd(106)--- (13) MoO 考慮 |
Pdの影響が考えられる場合、(11) 式を (13) 式に代入すると
Cd(111) |
= M(111) - 1.074 * (M(108) - 0.685 * M(106) - 0.349 *Pd(105)) = M(111) - 1.074 * M(108) + 0.736 * M(106) + 0.375 * Pd(105)--- (14) MoO、Pd 考慮 |
以下に例としてEPAの推奨干渉補正式を記します。
As (1.000) (75C) - (3.127) [(77C) - (0.815) (82C)]
Cd (1.000) (111C) - (1.073) [(108C) - (0.712) (106C)]
Pb (1.000) (206C) + (1.000) (207C) + (1.000) (208C)
Mo (1.000) (98C) - (0.146) (99C)
V (1.000) (51C) - (3.127) [(53C) - (0.113) (52C)]
In (1.000) (115C) - (0.016) (118C)
As (1.0000) (75C) 15.875 mm- (3.127) (77C) + (1.0177) (78C)
Cd (1.0000) (114C) - (0.0149) (118C) - (1.6285) (108C)
Pb (1.0000) (208C) + (1.0000) (207C) + (1.0000) (206C)
Se (1.0000) (78C) - (0.1869) (76C)
V (1.0000) (51C) - (3.1081) (53C) + (0.3524) (52C)
6Li (1.0000) (6C) - (0.0813) (7C)
In (1.0000) (115C) - (0.0149) (118C)
“m” C :m/z = “m” でのカウント値
EPAの推奨している補正式は理論的な値だけでなく、実験値も加味されています。
分子イオンの生成率は装置あるいは測定条件により異なるので、EPAの補正式をそのまま使用するのではなく、装置の実情に合わせ、変更して使用することをお勧めします。
分子イオンの信号が測定元素の信号に対して大きすぎる場合、干渉補正式は誤差が大きくなるので注意が必要です。たとえば分子イオンの信号が 10,000 カウントあったとすると、標準偏差は約 100 カウントになります。この状態で測定元素の信号が 100 カウントだとすると干渉補正式を使用しても正しい補正はできません。更に、複数の計算式が重なったり内標準補正を用いるとこれらの誤差は積算されるので、複雑になればなるほど誤差は大きくなります。
元素選択ペインの [元素の選択] で行います。
補正式中の括弧は、すべて必ず展開し、得られた係数をそれぞれの質量数に設定します。干渉補正式を用いる場合にはデータ測定パラメータの設定を行う前に式の設定を行います。
この場合、補正される質量数を測定質量数として選択すると、補正に使用される他の質量数も、測定質量数として自動的に設定されます。